第5話
怒っている……いや、正確にはひどく苛立っていた。ザックは、あんなろくでもない男に対して、アンドレアがここまで従順でいる理由がどうしても分からなかった。相手が上司なのは分かっている。だとしても、もし自分がいつか部下にあんな態度を取るような人間になったなら、その瞬間に頭上に雷が落ちて死んでも文句は言えないと思った。

アンドレアはただ精一杯やろうとしているだけじゃない。実際、きちんと結果も出している。よほどの馬鹿でもなければ、トレンブレイが彼女をあの手で小さく見せて、支配しやすくしているだけだと気づくはずだった。それなのに、ザックはなぜか「それを許している彼女」にまで腹を立てていた。上司に対してあまりに従順すぎるのが、どうにも我慢ならなかった。

オフィスの監視の目が少しだけ緩んだのを見計らって、彼はアンドレアのあとを追い、コピー室に入るとドアを閉めた。

「なあ、君って首の骨に何か問題でも抱えてるのか?」ザックが呼び止めると、アンドレアはきょとんと彼を見た。

「え……?」意味が分からずに彼女はつぶやいた。

「君の頭って、縦にしか動かないんだな。イエスと言うために前後にだけ。ノーと言うために横に振ってるところ、一度も見たことない」ザックが吐き捨てるように言うと、アンドレアは唇をきゅっと結び、頬を真っ赤に染めた。

「簡単じゃないんです……」彼女は絞り出すようにささやいた。「あんなひどい上司に逆らうのが、どれだけ大変か分かってるんですか?」

「だからって、好き放題踏みにじられる必要はない。理不尽な扱いを受け入れる義務なんてどこにもない。どこかに、少しくらいはプライドってものが残ってるんじゃないのか?」

アンドレアは彼の手を振りほどき、震える息を整えながら首を横に振った。

「プライド?それでお腹がふくれるなら、いくらでも持ちますよ。言い返したところで、会社が守るのはどっちだと思いますか?四ヶ月しかいない私か、何年も前からいる、ほとんどこの場所の主みたいな彼か……!」

「違うな。いいか」ザックは苛立ちを隠さず言った。「ピーター・トレンブレイは、この会社の主なんかじゃない。そんなところからは程遠い……報告書をいじるように頼まれたか?」

アンドレアは床を見つめ、それから首を振った。

「いいえ。そんなこと、私みたいな取るに足らない人間に頼みませんよ」

「いや、君に頼むかもしれない。君が取るに足らない人間じゃなくて、ちゃんと頭が切れるってことを分かってないだけだ」ザックは言った。「いいか、アンドレア。トレンブレイの片棒を担ぐな。これは優しい忠告だ。俺はもう元の報告を全部見ている。トレンブレイが上層部を騙すのを見過ごすつもりはない」

アンドレアは自分の体を抱きしめるようにして言った。

「私はそんなこと、絶対にしません。でも……私が保証できるのは、自分の分だけです」

そう言い残してコピー室を出ていき、ザックは成す術もなく、ひとり取り残された。彼は苛立ちをかみ殺しながら、必死に働くアンドレアの背中を眺めるだけだった。

一日中そんな感じだった。ザックは常にトレンブレイのオフィスのドアが開いているか確認していたが、あの肥えたクズがまた何か仕掛けてくるのは時間の問題だと分かっていた。

もちろん、自分で手を下すことはできる。トレンブレイをクビにすることは簡単だ。だが問題は、それでアンドレアの問題が解決するわけではないという点だった。彼女のように従順なタイプを利用する上司は、どこにだっている。彼女自身が立ち向かえるようにならない限り、同じことは繰り返される。

「……くそ、ザック。世界を全部直せるわけじゃないだろ」そう自分に言い聞かせた数分後、ポケットの中で携帯が震えた。

画面を見て、思わず口元が緩む。親友からの着信だった。ベンジャミン・ランカスター(Benjamin Lancaster)とザックは、子どもの頃からの親友であり、共にスポーツに打ち込み、その後世界中を転々として、今の会社にたどり着いた。

ベンは名無しの共同経営者だ。責任というものが大嫌いで、どこへ行っても単なる一人のエージェントとして振る舞う。会社の舵取りと、もちろん大半の株を背負っているのは、いつだってザックだった。

「昼飯おごる。今すぐだ、腹が減って死にそうだ!」それがベンの第一声だった。

「あと数日は来ないって言ってなかったか?」

「違う違う。仕事はあと数日しないって言っただけだ。体は環境に慣れておいても損はないだろ?だからもう着いてる」

「分かった。三十分後に店で。位置情報を送る」

オフィスビル近くのレストランで落ち合い、二人はしっかり抱き合って再会を喜んだ。

「新しい支社はどうだ?もう今年のステルス社員の座は手に入れたか?」ベンが笑いながら言った。

「いや、現状はクソだ」ザックはグラスを空けながら言った。「今の現場マネージャーは、鬱屈したムッソリーニって感じだな。まあ、お前も初日に足を踏み入れればすぐ分かる……この話はやめよう」

ベンは怪訝そうに彼を見つめ、ザックはもう一口、酒をあおった。

「何だよ、ベン」

「ジゼルがニューヨーク支社に行った」ベンが言った。「お前の様子を見に、少しは話のできる状態かってな」

「それ、毎月やってるだろあいつ」ザックは低くうなった。「俺のオフィスから十回くらい放り出された時点で、答えくらい理解すべきだ」

「彼女は愛してるって言ってたぞ」

「自分の子どもを愛せない女が、誰かを愛せると思うか?」ザックは即座に言った。「俺は一生許さない。絶対にだ」

ベンは深く息を吸ってから、核心に触れた。

「じゃあさ……その件についてだけど。いつお父さんに話すつもりだ?」

ザックは両手で頭を抱えた。父親は重い心臓の病気を抱えている。

「言い出す勇気がない」彼は低くつぶやいた。「あれ以来、父さんとはまともに話してない。失望させたくなくて。母さんとも、その話題だけは必死に避けてる……」

「それじゃ何も解決しないって分かってるだろ、ザック」

「分かってるさ。でも父さんは、何年も病気と闘ってきた。医者は、少しずつ状態が悪化してるって言ってる……」ザックは鼻梁を押さえた。「それでも父さんは、初孫のことで希望を持ってる。喜んでる。そこで実は子どもはいないなんて爆弾を落として、ショックで倒れられでもしたら……俺は、一生自分を許せない、ベン、分かってくれるよな?」

ベンは悲しげに頷いた。ザックがどれほど父親を大切にしているか、よく知っていた。だからこそ、その苦しみも理解できた。

「とはいえ、選択肢は多くないぞ」ベンは言った。「一ヶ月ちょっとでクリスマスだ。実家に帰るだろ。それでどうする?嘘を突き通すか?真実を話すか?それとも行かないか?」

「知らねえよ、ベン!」ザックは投げやりに言った。「いっそ俳優に赤ん坊役でもやらせるか?数日間だけだろ?」

ベンは大袈裟に目を回した。

「お前、マジでそれ考えてんのかよ」両手を広げて毒づいた。「想像つくぞ。『赤ん坊求む。クリスマスの間、ミリオネアが家族をレンタルします』って広告が出るわけだ」

ザックは二、三度うなり声を上げたが、そのままベンの笑いを受け流した。

昼食のあと二人は別れ、ザックはオフィスへ戻った。そしてそこで、目を赤くし、鼻を真っ赤にしたアンドレアと出くわした。トレンブレイがまた何か言ったのだろうことは容易に想像できたが、まさか叱責どころではないところまで踏み込んでいるとは思いもしなかった。

「明日までに、あの寄生虫を切り捨てろ、アンドレア」トレンブレイはそう言い放った。もちろん寄生虫とはザックのことだ。

「違います、トレンブレイさん。誤解です」アンドレアはかすれた声で言った。「ザックとは何もありません。ただの同僚で……」

「同僚、だと?あいつはお前を抱く気満々の男だよ」トレンブレイは下品に吐き捨てた。アンドレアは拳を握りしめた。

――もちろん、あなたが私を欲しがるのとは、まったく違う方法でね。心の中で吐き気を覚えながら、そう思った。

「私はここに仕事をしに来てるだけです……」

言いかけると、トレンブレイがぐっと距離を詰めてきた。

「仕事ねえ……?なら、全然足りてないな、アンドレアちゃん。もっと賢くなれ。お前には失えるものが多いってこと、忘れてないよな?」彼はねっとりした声でささやいた。「仕事を失った母親から、国が子どもを取り上げるのに、そう時間はかからんと思うが?」

アンドレアは血の気が引き、一歩退いた。

「娘のことを口にしないでください……!」歯の間から絞り出す。「あの子はあなたとは関係ない!」

「俺とは関係ないが、児童相談所とは関係あるだろうな」トレンブレイは嘲るように笑った。「だから、必死にしがみつけよ、この仕事に。さもないと、一生で一番最悪な年越しを迎えることになる」

アンドレアは涙をこらえきれなかった。そのうえ、ザックの鋭い視線が自分に向けられていることは、さらに追い打ちになった。誰にも分からない。誰も、自分の立場には立ってくれない。

彼女はその日も寒さの中を歩いて帰りながら、考え続け、怯え続けた。

自分の人生は最低だ。それでも、守りたい小さな命がある。娘の笑顔を見るたび、その確信は何度でも更新される。彼女は娘を愛していた。神がくれた最も美しい宝物で、アンドレアはたとえ疲れ果てるまで働かねばならなくとも、娘のためなら何だってするつもりだった。

家に戻ってウィルソンの家の扉を開けた瞬間、アンドレアはまた救われた。

「ごちそうさまでした、ウィルソンさん」彼女は夕食のお礼を言い、ウィルソンを抱きしめてから、隣の自分の部屋へ戻った。

そこは、ほとんど何もない部屋だった。娘のために必死に揃えた家具はほとんど失われ、ぽっかりとした空白だけが残っている。胸が締めつけられ、今にも泣き出しそうになる。それでも、床に敷いた粗末なマットレスの上で静かに眠る娘を見た瞬間、その涙は引っ込んだ。

毎日、何かが壊れていく。けれど、毎晩、娘がそれをつなぎ合わせてくれる。

アンドレアは、眠る娘を見つめながら、はっきりと理解した。

――これまで以上の犠牲を払ってでも、この子を守る。その覚悟を固めなければならない。

翌日。ウィルソンに娘を預けると、アンドレアは真っ先に二つのもっとも大切なことに取りかかった。

一つ目は、市役所への電話だった。

「もし夫に捨てられて、行方も分からない場合……どうやって離婚すればいいですか?」

説明は短く、必要な書類は多かった。それでも、これ以上先延ばしにはできない。

二つ目は、会社へ向かう前にカフェの前で足を止めることだった。ポケットの中の小銭を数える。給料日まではまだ日数がある。残っているのはごくわずかで、そのほとんどを使えば、かろうじて一番安いアメリカーノが買えるかどうかというところだった。

――それでも、気持ちの問題よね……?

そう思いながらメニューを見つめたが、結局、ほんの数セント足りないことに気づいてしまう。諦めて店を出ようとしたその時、レジの青年が彼女を引き留めた。

「ちょっと待って。そのまま帰らないで。ここで一番コーヒーを買ってくれるお客さんなんだ。今日はお店からのサービスってことで」

アンドレアは目を丸くし、それから首を横に振った。

「私じゃないんです。会社の分で……」

「関係ないよ」青年は笑った。「さて、何にする?」

アンドレアは一瞬迷い、小銭をポケットに戻した。喉の奥が熱くなった。

「じゃあ……アメリカーノをお願いします」

青年はすぐにテイクアウト用のカップにコーヒーを入れ、手渡した。アンドレアは何度も礼を言い、店を出た。

ドアが閉まると同時に、店員は親指を立てて「任務完了」の合図を送った。そのジェスチャーに、通りの向こう側の男も同じように親指を立てて応えた。

ザックは、アンドレアが両手で大事そうにカップを抱え、会社のビルへ向かう姿を見つめていた。その光景に、胃の奥がねじれるような感覚を覚えた。あれほど働いて、それでも一杯のコーヒーを買うのに、小銭を数えなければならない――そんなのは間違っている。

だが、その気持ちは、彼女が自分のデスクに近づいてきた瞬間、さらに強まることになる。

アンドレアがそのコーヒーを持って近づき、捧げもののようにデスクの上に置いた。それは、ザックの前だった。

彼女はそのコーヒーを――自分のためではなく――ザックのために買っていたのだ。

「お願いします」アンドレアは懇願するように言った。「どうか教えてください。絶対にがんばります。勉強もするし……あなたが言うことは何でも学びます。だから……どうか、教えてください」
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