5

フレドリック視点

どうして祖母が、わざわざ俺にこの女の付き添いを頼んだのか、本気で理解できない。

……神様。

俺の車に、マチルダみたいな女を乗せたことなんて今まで一度もない。

あのボサボサの赤毛で、後部座席を汚されたらどうする?

そもそも、あいつの服は俺の高級車に座るほど清潔なのか?

イライラする。

まあ幸い、ポーラは優しくて理解がある。

やっぱり、彼女を恋人に選んだのは間違いじゃなかった。

付き合って三か月ほどになるが、俺は確信している。

彼女こそ、将来の妻になる女だ。

……自分で言っていて少し笑えるけど、本気だ。

俺は彼女を心から愛している。

今までの女たちは、ただの遊びだった。

美しさも、刺激も、全部一時的なもの。

本気になったことなんて一度もない。

でもポーラは違った。

彼女は俺に、“本当に誰かを想う”という感情を教えてくれた。

愛情とか、関係とか、そういうものの意味を。

美しさも、人柄も、非の打ち所がない。

……残念ながら、祖母は彼女を気に入っていないみたいだが。

俺がポーラとの関係を話すたび、祖母は露骨に冷たい態度を取る。

「ここで大丈夫です」

マチルダの声で、俺は反射的にブレーキを踏んだ。

着いたのは、彼女の家の近くにある小さな空き店舗の前。

「早くしろ。お前を送るために俺の時間を使ってるわけじゃない。婆さんに頼まれなかったら、絶対乗せてないからな」

「ダーリン、言い方がきついわ」

ポーラが優しくたしなめる。

「ありがとう、ポーラ。私だって、ローザ様に言われなければあなたたちと来たくありませんでした!」

俺は勢いよくマチルダを睨んだ。

……こいつ、ポーラに向かって何言ってる?

俺に言い返すなんて、いい度胸だ。

ドアが閉まると、ポーラがそっと俺の頬に触れた。

「どうしてそんなに怒ってるの?」

「今の聞いただろ? あいつみたいな弱い女が、俺に口答えする資格なんてない」

「でも、マチルダがどんな世界で生きてきたか知ってるでしょう?」

ポーラは静かに笑う。

「私たちとは違う世界の人間なんだから、完璧な振る舞いを期待する方が酷じゃない?」

……意外だった。

ポーラが、ここまで冷酷な考えを持っているなんて。

でも嫌じゃない。

むしろ、最高だ。

優しいのに鋭くて、甘いのに残酷。

まるで薔薇みたいな女。

綺麗なのに棘がある。

今、彼女は俺と同じことを考えている。

マチルダは俺たちとは違う世界の人間。

そもそも、同じ場所に立つ資格すらない。

「てっきりマチルダの味方をすると思ってたよ」

俺は笑いながら言った。

「でも、やっぱり俺の見る目は正しかった。ああいう連中と仲良くする必要なんてない。どうせ、いずれは人の善意につけ込むだけだ。そういうの、何度も見てきたからな」

ポーラは楽しそうに笑った。

赤い唇が妙に色っぽくて、俺は自然と顔を近づける。

少しずつ。

キスをしようとした、その瞬間――

ガチャ。

後部座席のドアが突然開いた。

「あ……すみません」

リュックを背負ったマチルダが戻ってきた。

あの気弱で鬱陶しい顔が、一気に空気を壊す。

「行きましょう、ダーリン」

ポーラがすぐ言った。

「マチルダを送ってあげないと」

俺はマチルダを睨みつけ、そのままアクセルを踏み込んだ。

……最悪だ。

あいつさえ邪魔しなければ、ポーラとの初キスだったのに。

まだ一度も彼女に触れていない。

だからこそ分かる。

ポーラは、今までの女とは違う。

俺はバックミラー越しにマチルダを見る。

窓の外をぼんやり眺めていた。

「お前がこれから何を企んでるのか知らないが、一つだけ覚えておけ」

俺は冷たく言った。

「祖母を利用することはできないからな、マチルダ」

「ダーリン」

ポーラが柔らかい声で口を挟む。

「どうしてそんな言い方をするの? マチルダみたいな子が、悪いこと考えてるとは思えないわ。まあ……私たちとは住む世界が違うとしても」

俺たちは目を合わせ、意味ありげに笑った。

……どうしても、俺はマチルダを信用できない。

祖母の優しさにつけ込もうとしている気がしてならない。

貧しくて弱い女が、何を考えているかなんて分からないだろ?

だから最初に釘を刺しておく必要がある。

ポーラが上手く空気を作ってくれたおかげで、俺の言いたいことも伝わったはずだ。

「ねえ、フレドリック」

ポーラが楽しそうに笑う。

「マチルダ、本当に傷ついてるみたい。見て。泣くの我慢してる」

俺は再びバックミラーを見た。

マチルダは静かに涙を拭っていた。

なのに、一言も言い返さない。

「お前の涙なんて興味ない」

俺は淡々と言い放つ。

「ただ理解してほしいだけだ。お前は絶対に俺の家族を利用できない。祖母は優しいけど、俺は甘くない。分かったなら、屋敷には一日だけ世話になるんだな」

……返事はない。

マチルダは黙ったまま。

正直、少しくらい反抗すると思っていた。

でも違った。

本当に弱い女なんだろう。

もう少しくらい、“魅力的”になろうと努力すればいいのに。

ハッ。

「マチルダ、どうして泣いてるの?」

祖母の声に、俺は一瞬身体を強張らせた。

……まさか、車の中のことを全部話すつもりじゃないだろうな。

「い、いえ……泣いてません。ただ、目にゴミが入っただけです。それよりローザ様、私は仕事へ戻ります。終わったらまた来ますので……父を一人にしてしまっているので」

……完璧だ。

ちゃんと黙っていられるらしい。

「それなら婆さん、ランチに行こう。腹減った」

マチルダはすでに歩き出していた。

すれ違いざま、一瞬だけこちらを見る。

俺は冷たく皮肉っぽい視線を返した。

「マチルダ、待ちなさい」

祖母が呼び止める。

「仕事が終わったら職場で待っていて。フレドリックと一緒に迎えに行くから」

俺は即座に眉をひそめた。

「は? どういう意味だよ、婆さん」

「たまには三人で過ごそうと思って。あなたと、マチルダと、私で。ポーラは来ないわ」

祖母は平然と言いながら、ちらりとポーラを見る。

マチルダも驚いた顔をしていた。

「もう行っていいわよ、マチルダ。伝えたかったのはそれだけ」

マチルダはすぐ頭を下げ、そのまま急いで去っていった。

……イライラする。

祖母は一体何を考えてるんだ?

「婆さん、なんでそんな面倒なこと思いつくんだよ? 午後はどこ行く気なんだ? 俺とポーラは――」

「静かにしなさい」

祖母が鋭く遮る。

「文句は聞きたくないわ、フレドリック。もう決めたの。今日は行くの。ポーラ抜きでね」

俺は深く息を吐き、前を歩く祖母の後ろを渋々ついていく。

……正直、ランチ自体キャンセルしたい気分だった。

最悪だ。

全部台無し。

ポーラが背中にそっと触れてきても、全然気分が晴れない。

本当にどうかしてる。

全部――マチルダのせいだ。

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